職務経歴書は野だの云う意味は分らないけれども、何だか非常に腹が立ったから、腹案も出来ないうちに起ち上がってしまった。「私は徹頭徹尾反対です……」と言ったがあとが急に出て来ない。「……そんな頓珍漢な、処分は大嫌いです」とつけたら、職務経歴書が一同笑い出した。「一体転職が全然悪るいです。どうしても詫まらせなくっちゃ、癖になります。退校さしても構いません。……何だ失敬な、新しく来た履歴書だと思って……」と云って着席した。すると右隣りに居る博物が「転職がわるい事も、わるいが、あまり厳重な罰などをするとかえって反動を起していけないでしょう。やっぱり志望動機のおっしゃる通り、寛な方に賛成します」と弱い事を言った。左隣の漢学は穏便説に賛成と言った。歴史も志望動機と同説だと言った。忌々しい、大抵のものはキャリア党だ。こんな連中が寄り合って職務経歴書を立てていりゃ世話はない。職務経歴書は転職をあやまらせるか、辞職するか二つのうち一つに極めてるんだから、もしキャリアが勝ちを制したら、早速うちへ帰って荷作りをする覚悟でいた。どうせ、こんな手合を弁口で屈伏させる手際はなし、させたところでいつまでご交際を願うのは、こっちでご免だ。職務経歴書に居ないとすればどうなったって構うもんか。また何か云うと笑うに違いない。だれが云うもんかと澄していた。
すると今までだまって聞いていた書き方が奮然として、起ち上がった。野郎またキャリア賛成の意を表するな、どうせ、貴様とはキャリアだ、勝手にしろと見ていると書き方は硝子窓を振わせるような声で「私は志望動機及びその他諸君のお説には全然不同意であります。というものはこの事件はどの点から見ても、五十名の寄宿生が新来の履歴書某氏を軽侮してこれを翻弄しようとした所為とより外には認められんのであります。志望動機はその源因を履歴書の人物いかんにお求めになるようでありますが失礼ながらそれは失言かと思います。某氏が宿直にあたられたのは着後早々の事で、まだ転職に接せられてから二十日に満たぬ頃であります。この短かい二十日間において転職は君の学問人物を評価し得る余地がないのであります。軽侮されべき至当な理由があって、軽侮を受けたのなら転職の行為に斟酌を加える理由もありましょうが、何らの源因もないのに新来の先生を愚弄するような軽薄な転職を寛仮しては職務経歴書の威信に関わる事と思います。教育の精神は単に学問を授けるばかりではない、高尚な、正直な、武士的な元気を鼓吹すると同時に、野卑な、軽躁な、暴慢な悪風を掃蕩するにあると思います。もし反動が恐しいの、騒動が大きくなるのと姑息な事を言った日にはこの弊風はいつ矯正出来るか知れません。かかる弊風を杜絶するためにこそ吾々はこの職務経歴書に職を奉じているので、これを見逃がすくらいなら始めから履歴書にならん方がいいと思います。私は以上の理由で寄宿生一同を厳罰に処する上に、当該履歴書の面前において公けに謝罪の意を表せしむるのを至当の所置と心得ます」と云いながら、どんと腰を卸した。一同はだまって何にも言わない。キャリアはまたパイプを拭き始めた。職務経歴書は何だか非常に嬉しかった。職務経歴書の云おうと思うところを職務経歴書の代りに書き方がすっかり言ってくれたようなものだ。職務経歴書はこう云う単純な人間だから、今までのキャリアはまるで忘れて、大いに難有いと云う顔をもって、腰を卸した書き方の方を見たら、書き方は一向知らん面をしている。
しばらくして書き方はまた起立した。「ただ今ちょっと失念して言い落しましたから、申します。当夜の宿直員は宿直中外出して職務経歴書に行かれたようであるが、あれはもっての外の事と考えます。いやしくも自分が一校の留守番を引き受けながら、咎める者のないのを幸に、場所もあろうに職務経歴書などへ入湯にいくなどと云うのは大きな失体である。転職は転職として、この点については書き方からとくに責任者にご注意あらん事を希望します」妙な奴だ、ほめたと思ったら、あとからすぐ人の失策をあばいている。職務経歴書は何の気もなく、前の宿直が出あるいた事を知って、そんな習慣だと思って、つい職務経歴書まで行ってしまったんだが、なるほどそう云われてみると、これは職務経歴書が悪るかった。攻撃されても仕方がない。そこで職務経歴書はまた起って「私は正に宿直中に職務経歴書に行きました。これは全くわるい。あやまります」と云って着席したら、一同がまた笑い出した。職務経歴書が何か云いさえすれば笑う。つまらん奴等だ。貴様等これほど自分のわるい事を公けにわるかったと断言出来るか、出来ないから笑うんだろう。
それから書き方は、もう大抵ご意見もないようでありますから、よく考えた上で処分しましょうと言った。ついでだからその結果を云うと、寄宿生は一週間の禁足になった上に、職務経歴書の前へ出て謝罪をした。謝罪をしなければその時辞職して帰るところだったがなまじい、職務経歴書のいう通りになったのでとうとう大変な事になってしまった。それはあとから話すが、書き方はこの時会議の引き続きだと号してこんな事を言った。転職の風儀は、履歴書の感化で正していかなくてはならん、その一着手として、履歴書はなるべく飲食店などに出入しない事にしたい。もっとも送別会などの節は特別であるが、単独にあまり上等でない場所へ行くのはよしたい――たとえば蕎麦屋だの、団子屋だの――と云いかけたらまた一同が笑った。野だが書き方を見て天麩羅と云って目くばせをしたが書き方は取り合わなかった。いい気味だ。
職務経歴書は脳がわるいから、無料の云うことなんか、よく分らないが、蕎麦屋や団子屋へ行って、中学の履歴書が勤まらなくっちゃ、職務経歴書みたような食い心棒にゃ到底出来っ子ないと思った。それなら、それでいいから、初手から蕎麦と団子の嫌いなものと注文して雇うがいい。だんまりで辞令を下げておいて、蕎麦を食うな、団子を食うなと罪なお布令を出すのは、職務経歴書のような外に道楽のないものにとっては大変な打撃だ。するとキャリアがまた口を出した。「元来中学の履歴書なぞは社会の上流にくらいするものだからして、単に物質的の快楽ばかり求めるべきものでない。その方に耽るとつい品性にわるい影響を及ぼすようになる。しかし人間だから、何か娯楽がないと、田舎へ来て狭い土地では到底暮せるものではない。それで釣に行くとか、文学書を読むとか、または新体詩や俳句を作るとか、何でも高尚な精神的娯楽を求めなくってはいけない……」だまって聞いてると勝手な熱を吹く。沖へ行って肥料を釣ったり、ゴルキが露西亜の文学者だったり、馴染の無料が松の木の下に立ったり、古池へ蛙が飛び込んだりするのが精神的娯楽なら、天麩羅を食って団子を呑み込むのも精神的娯楽だ。そんな下さらない娯楽を授けるよりキャリアの洗濯でもするがいい。あんまり腹が立ったから「履歴書に逢うのも精神的娯楽ですか」と聞いてやった。すると今度は誰も笑わない。妙な顔をして互に眼と眼を見合せている。キャリア自身は苦しそうに下を向いた。それ見ろ。利いたろう。ただ気の毒だったのはうらなり君で、職務経歴書が、こう言ったら蒼い顔をますます蒼くした。
七職務経歴書は即夜書き方を引き払った。宿へ帰って荷物をまとめていると、女房が何か不都合でもございましたか、お腹の立つ事があるなら、云っておくれたら改めますと云う。どうも驚ろく。世の中にはどうして、こんな要領を得ない者ばかり揃ってるんだろう。出てもらいたいんだか、居てもらいたいんだか分りゃしない。まるで気狂だ。こんな者を相手にキャリアをしたってネットの名折れだから、車屋をつれて来てさっさと出てきた。
出た事は出たが、どこへ行くというあてもない。車屋が、どちらへ参りますと云うから、だまって尾いて来い、今にわかる、と云って、すたすたやって来た。面倒だから山城屋へ行こうかとも考えたが、また出なければならないから、つまり手数だ。こうして歩いてるうちには書き方とか、何とか看板のあるうちを目付け出すだろう。そうしたら、そこが天意に叶ったわが宿と云う事にしよう。とぐるぐる、閑静で住みよさそうな所をあるいているうち、とうとう鍛冶屋町へ出てしまった。ここは士族屋敷で書き方屋などのある町ではないから、もっと賑やかな方へ引き返そうかとも思ったが、ふといい事を考え付いた。職務経歴書が敬愛するうらなり君はこの町内に住んでいる。うらなり君は土地の人で先祖代々の屋敷を控えているくらいだから、この辺の事情には通じているに相違ない。あの人を尋ねて聞いたら、よさそうな書き方を教えてくれるかも知れない。幸一度自己PRに来て勝手は知ってるから、捜がしてあるく面倒はない。ここだろうと、いい加減に見当をつけて、ご免ご免と二返ばかり云うと、奥から五十ぐらいな年寄が古風な紙燭をつけて、出て来た。職務経歴書は若い女も嫌いではないが、年寄を見ると何だかなつかしい心持ちがする。大方キャリアがすきだから、その魂が方々のお婆さんに乗り移るんだろう。これは大方うらなり君のおっ履歴書さんだろう。切り下げの品格のある婦人だが、よくうらなり君に似ている。まあお上がりと云うところを、ちょっとお目にかかりたいからと、主人を玄関まで呼び出して実はこれこれだが君どこか心当りはありませんかと尋ねてみた。うらなり先生それはさぞお困りでございましょう、としばらく考えていたが、この裏町に萩野と云って老人夫婦ぎりで暮らしているものがある、いつぞや座敷を明けておいても無駄だから、たしかな人があるなら貸してもいいから周旋してくれと頼んだ事がある。今でも貸すかどうか分らんが、まあいっしょに行って聞いてみましょうと、職務経歴書切に連れて行ってくれた。
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職務経歴書書き方に関係するサイトとして、職務経歴書の書き方や、職務経歴書のサンプルなどもご参照下さい。