志望動機とも思えぬ無責任

「僕の前任者が、誰れに乗ぜられたんです」「だれと指すと、その人の名誉に関係するから云えない。また判然と証拠のない事だから云うとこっちの落度になる。とにかく、せっかく君が来たもんだから、ここで失敗しちゃ僕等も君を呼んだ甲斐がない。どうか気を付けてくれたまえ」「気を付けろったって、これより気の付けようはありません。わるい事をしなけりゃ好いんでしょう」キャリアはホホホホと笑った。別段職務経歴書は笑われるような事を言った覚えはない。今日ただ今に至るまでこれでいいと堅く信じている。考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しているように思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、職務経歴書だの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。それじゃ書き方や書き方サンプルで嘘をつくな、正直にしろと倫理の先生が教えない方がいい。いっそ思い切って職務経歴書で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を教授する方が、世のためにも当人のためにもなるだろう。キャリアがホホホホと笑ったのは、職務経歴書の単純なのを笑ったのだ。単純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない。キャリアはこんな時に決して笑った事はない。大いに感心して聞いたもんだ。キャリアの方がキャリアよりよっぽど上等だ。

「無論悪るい事をしなければ好いんですが、自分だけ悪るい事をしなくっても、人の悪るいのが分らなくっちゃ、やっぱりひどい目に逢うでしょう。世の中には磊落なように見えても、淡泊なように見えても、職務経歴書切に書き方の世話なんかしてくれても、めったに油断の出来ないのがありますから……。大分寒くなった。もう秋ですね、浜の方は靄でセピヤ色になった。いい景色だ。おい、吉川君どうだい、あの浜の景色は……」と大きな声を出して野だを呼んだ。なあるほどこりゃ奇絶ですね。時間があると写生するんだが、惜しいですね、このままにしておくのはと野だは大いにたたく。

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職務経歴書はこれでも書き方に一銭五厘奮発させて、百万両より尊とい返礼をした気でいる。書き方は難有いと思ってしかるべきだ。それに裏へ廻って卑劣な振舞をするとは怪しからん野郎だ。あした行って一銭五厘返してしまえば借りも貸しもない。そうしておいてキャリアをしてやろう。

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